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城と鉄道
姫路城が平成の大修理を終えて、今日から一般公開になったということで、そういえば、昨年11月に取材に行った時の手柄山からの姫路城を思い出しました。
もちろん、僕が記録する場合は城も大好きだけど城だけではありません。
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2014年11月 山陽新幹線・姫路〜相生
姫路城の別称「白鷺(しらさぎ)城」ならぬ、「白すぎ城」などと揶揄されていますが、確かに肉眼での見た目はもっと白かった記憶があります。この白すぎる姫路城が拝めるのも3〜4年とか。ピカピカのうちに記録しておきたいですね。

姫路城が日本の一、二位を競う美しさということに異言はありませんが、個人的には姫路城を含めた現存12天守の中では福井県の丸岡城が好きだったりします。
現存天守で鉄道が絡められる場所となると、こちらも自分の得意分野、路面電車で(^ ^;;

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2009年11月 伊予鉄道(松山市内軌道線)城南線・市役所前〜県庁前

ご存知、松山の伊予松山城。実は、この写真、現在進行中の原稿の中で使う予定の写真なのですが、丁度いいタイミングでしたのでフライング気味に出しておきます。
市のど真ん中に山があり、その上に城を築いたので市内どこからでも、そして結構遠くからでも城を眺めることができます。

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2009年11月 土佐電気鐡道・伊野線 高知城前〜県庁前

四国からの現存天守のもう一つは高知から。山内一豊が築いた当時は「河内山城」と呼ばれていましたが、その後高智山城→高智城→高知城と行き着き、現地名のルーツにもなりました。四国にはもう一つ、宇和島城が現存天守の城としてあるんですが、残念ながら鉄道と絡めた写真はありません。

現存天守でもなく殆ど痕跡もない城跡なのですが、いつも新幹線で通る度に妄想してしまうのがここです。
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2007年5月 東海道新幹線・米原〜京都

個人的な大ファンでもある石田三成が築城したものの破却されて、滋賀県彦根市に儚く残る佐和山城趾です。山が台形状に残されているのは、頂上を削って山城を築いていた証です。ご存知の通り、その後三成は西軍を率いて関ヶ原で負けてしまい、この根城も徳川勢力によって徹底的に破却されてしまいました。なお一部は、彦根城の築城に再利用されました。でも実は、こういう「兵どもがゆめのあと」的廃城を訪れたりするほうが好きだったりします。

最後に海外のお城と路面電車から。
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2014年5月 スロバキア・ブラチスラヴァ Bratislavský električka Nový Most〜Tunel
昨年の欧州遠征の時の写真。スロバキアの首都、ブラチスラヴァ城です。城の四隅(画面では三隅しか見えていませんが)に塔がある為、別名「ひっくり返ったテーブル」などと呼ばれているようです。日本の「白鷺城」や「烏城」にようにもっと風雅な別称はないものかと思ったり。
城下を走るかわいいタトラカーが何とも城のカラーリングにマッチしていました。

ということで、日本の城も再建天守も含めれば、結構鉄道と絡めて撮ってたりしています。やはり鉄道も城も好きだと、こういう写真を撮ってしまうんでしょうね。

by feel-railside | 2015-03-27 23:31 | 新幹線
祝 山陽新幹線全線開業40周年
巷ではダイヤ改正を前に、去り行く列車や北陸新幹線の開業などの話題で持ちきりですが、地味に(?)、3/10の今日は山陽新幹線全線開業40周年の日でした。
昭和50(1975)年3月10日に、それまで岡山止まりだった山陽新幹線が、博多まで開業した日なのです。
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徳山〜新山口


40年といえば僕も40歳。地元に伸びてきた新幹線とともに生きてきた訳です。
親から聞いた話では1歳半頃に、小倉で開催されていた恐竜展を見るのに博多〜小倉の1区間乗車したのが、新幹線初体験だったようです。乗った日は興奮して夜になっても殆ど一睡もしなかった等と聞いており、その頃からビョーキが発症していたのかもしれません。実は、朧げながらも自分の中にその記憶がありまして、新幹線の通路とかトイレに入っていた雰囲気が脳裏に残っていたりします。


趣味的に言えば、車両のバラエティに富んでいた路線でした。N700系と0系が共存していた時期もありましたし。
またカメラマン目線としても、東海区間のような定期的な警備もなく、また線路際のツメの甘い箇所も所々にあって(←でも見つけるのが大変でしたが)、新幹線の中では比較的「撮りやすい」路線です。
でも、やっぱり大スター500系の存在が大きかったですね。
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厚狭〜新山口間


あらゆる面で新幹線の歴史をドラスティックに塗り替えた立役者でした。彼に会う為に山陽新幹線に通ったと言っても過言はありません。残念ながら既に「のぞみ」としての役割は終え、今では編成も半分になって細々と各駅停車の「こだま」で走るのみですが、彼の余生もそんなには長くないことでしょう。記録するなら今のうちかもしれません。


山「陽」新幹線と呼ばれながらも、常にドル箱路線である東海道新幹線側の都合に合わさざるを得ない、従「属」的立場でしたが、九州新幹線と繋がった2011年以降は対九州においては主導的な役割で九州と協調関係を築いています。
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徳山〜新山口


この先、山陽新幹線はどう変化していくのでしょう?
「のぞみ」の停まらない中間駅の乗降数減少による「こだま」の運転本線の削減など、マイナスな面が出てきているのも事実です。
ここは、西日本と九州が知恵を絞って、500系のような尖ったワクワクする車両をデビューさせてほしいなあと期待しているんのは僕だけではないでしょう。
(おわり)


by feel-railside | 2015-03-10 23:48 | 新幹線
惜別「トワイライトエクスプレス」
大阪から札幌まで結ぶ、豪華寝台特急「トワイライトエクスプレス」も廃止まで1週間となりました。

関西には長く居たにも関わらず、結局乗らず終いで終わってしまいました。函館行や青森行の「日本海」には何度か乗っていたのですが、当時は「今の自分には分相応ではない」、などという思いもあったのかもしれません。

ただ2000年〜06年にかけて、湖西線の風景をライフワークにしていた時期があり、「トワイライト」も記録はしていました。しかしメインは485系の「雷鳥」や「白鳥」であり、「トワイライト」に関しては「ついで」撮りの感は否めません。色々と過去のポジやデータを漁っているうちに、何枚か印象に残る写真があったので、こういう機会しか披露することはないだろう、ということで公開したいと思います。


まずはこの写真。
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2005年5月 湖西線・永原〜近江塩津 Nikon F6 AiAF Nikkor 50mmF1.4D RVP(+1増感)

何の変哲もない編成写真ですが、実は自分にとって大きな発見になった1枚でした。
「トワイライト」のあの地味なダークグリーンは順光で撮れば撮るほど、真っ黒に写ってしまう撮影者泣かせの色です。今でこそデジタルで撮ればPC上で色の調整もできますが、フィルム一発撮りではなかなかそうはいきません。そこでその黒光りを利用して、その車体に鮮やかな緑を写り込ませれば色が引き立つのでは?と仮定しました。
鮮やかな緑といえば、初夏の新緑。そしてその新緑が一番輝き引き立つのは半逆光の光線。あとはその条件に合う区間を、過去5年湖西線を取り尽くした沿線の脳内データから辿って、ピタリと適合したのがこの区間でした。それからというもの、新緑の時期が待ち遠しいこと、待ち遠しいこと。今でも、シャッターを切った瞬間から現像所からの仕上がりにドキドキしていたことを覚えています。


次に沿線から走る車内の様子を撮ったものを2点。
自分には縁がない分、カメラから乗客の姿を捉えたかったのかもしれません。
まずはサロンカー。
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2001年8月 湖西線・近江舞子〜北小松 Nikon F100 AiAF-I Nikkor 300mmF2.8D RVP(+1増感)

大阪を出た下り列車が、最初に目にする美しい風景が琵琶湖。きっとこの区間なら、何人かはサロンカーから風景を楽しんでいるだろう、という仮定のもと、乗客の多いお盆の時期に沿線に出かけました。三脚にサンニッパをしっかりと固定して流し撮りです。流し撮りにした狙いは、やはり観るほうの視点が、車両そして乗客に向かわせる為です。
南のほうから走ってきた列車に向かって、大きく手を振ります。
「お、こっち見てくれてるぞ」
ということで、すかさずカメラをパンニング。
「あ、何かあそこに変なカメラマンがいるよ」
恐らく、車内ではそういう会話だったのかもしれません。

次のターゲットは食堂車の「ダイナー・プレヤデス」。
特に下り列車の日本海の夕陽を眺めながらのディナーは人気で、その予約は寝台券の確保以上に困難と言われています。
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2007年9月 信越本線・青海川〜鯨波 Canon EOS 1D MarkIIN EF 300mmF2.8L IS USM ISO800

この日は金沢の489系ボンネット編成を利用した臨時特急「はくたか」が金沢〜上野間を長岡まわりで走った日でした。もちろんメインのターゲットはそれでしたが、折角日本海の海岸線まで来たので、夕陽をバックに走る食堂車を狙わない訳にはいきません。しかし、そうはうまくいかないものです。昼過ぎまでは快晴だった新潟県地方も、夕方前から雲がどんどん広がり、夕陽に輝く日本海はこの時点でなくなりました。それでも、なんとか暗い中流し撮りで撮った食堂車の風景です。
当時はただのボツ写真と思っていましたが、今見返すと、屋根上の特徴的なAU12型のキノコ型のクーラーもあいまって、いい思い出です。

最後に、「トワイライト」の地味な色合いを利用した雪景色の一枚。
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2003年1月 湖西線・北小松〜近江高島 Nikon F100 AF Nikkor 80-200mmF2.8D RHP

最初の写真では、あれだけ躍起になって色を出そうとしていましたが、逆にこの地味な色合いはモノトーン風景にこそ生きると思い、狙ったのが雪の風景。
SLとまではいきませんが、艶を落とした車両はしっとりとした寒村の風景とよく合いました。


夏の青い海やきらめく夕陽を眺めながらの旅もいいかもしれませんが、やはり冬こそ日本海沿岸の醍醐味。こうした寒々とした風景を眺めて物思いにふけながら旅するのも、また一興だったかもしれません。
結局、そのどちらの願いも叶いませんでしたが、、、

(おわり)



by feel-railside | 2015-03-04 22:47 | 夜行列車